はじめに:2026年に入って2度目の停止

2026年5月28日、Suiメインネットにおいて、またもやネットワークの停止(Network Stall)が発生しました。
今回の停止時間は約5〜6時間です。原因はv1.72アップデートに含まれていたガス課金ロジックのクラッシュバグであり、バリデータ内部の残高アキュムレータに不整合が生じた結果、バリデータがクラッシュしてブロック生成が停止しました。バリデータのステーク比率3分の2以上に修正版パッチが適用された時点でネットワークは無事に復旧し、ユーザー資産の損失や状態の不整合は発生していないと発表されています。
ここで重要な問題は、「またしても」停止してしまったという点です。
Suiは同年1月14日にも、コンセンサスの不整合を原因とする約6時間のダウンタイムを経験しています。さらに2024年11月にも、バリデータのクラッシュループにより約2時間の停止が発生しました。つまり、2024年11月から2026年5月までの約18ヶ月間に、計3回の主要なネットワーク停止を記録したことになります。この現状をどのように評価すべきでしょうか。他のレイヤー1(L1)ブロックチェーンの歴史と比較することで、その本質が見えてきます。
L1ブロックチェーンのダウンタイム比較
| チェーン | 主要停止回数 | 最長停止時間 | 主な原因 |
|---|---|---|---|
| Sui | 3回(2024〜2026年) | 約6時間 | ソフトウェアバグ、コンセンサス不整合 |
| Solana | 7回以上(2021〜2024年) | 約17時間 | トランザクションスパム、クライアントバグ |
| Ethereum | 主要停止なし ※ | ― | PoWからPoSへの移行後も安定稼働 |
| Bitcoin | 実質なし | ― | 設計上の高い堅牢性と安定性 |
※ Ethereumの「The DAOハック(2016年)」に関する補足
Ethereumに関してよく引き合いに出される「The DAOハック」は、ネットワークの強制停止とは性質が根本的に異なります。これはハッキングによって大量のETHが不正流出したことを受け、コミュニティが合意の上で意図的に過去のブロックを書き換えるハードフォークを実施した事件です。チェーン自体が停止したのではなく、「倫理的・政治的な判断として歴史を改変した」事例であり、バグによるシステム停止とは区別して考える必要があります。この対応に反発したコミュニティがEthereum Classic(ETC)として分岐した経緯も含め、むしろ「システムが止まらなかったがゆえに発生した議論」の好例と言えます。
「L1が止まる」ということの重大性:資産性の観点から
ブロックチェーンにおいて、L1の停止はたとえ短時間であっても「あってはならない」部類の重大な事故です。
伝統的な金融機関に例えるなら、一部のATMが一時的に使えなくなるような問題ではなく、銀行の基幹システムそのものが数時間にわたって業務を全停止するのと同等の意味を持ちます。停止している間、ユーザーは自身の資産にアクセスする手段を完全に失うことになります。
特に問題となるのは、そのチェーン上で資産性の高いトークンや金融商品を運用している場合です。DeFi(分散型金融)におけるレバレッジポジション、デリバティブ取引、ステーブルコインの担保など、価格変動の激しい暗号資産市場では、数時間の操作不能が致命的な清算リスクや損失に直結します。「技術的に資産は失われていない」という説明は正確ですが、ポジションの決済や担保の追加を行いたくても実行できない状況に置かれたユーザーが被る経済的損害は、プロトコル自体の安全設計とは別の問題として残ります。
したがって、停止を繰り返すL1チェーンに対して、資産性の高いトークンや本番運用のDeFiプロトコルを安心して預けられるかという問いに対する答えは、厳しくならざるを得ません。
Solanaが過去の停止によって毀損したレピュテーションを回復するまでに要した時間、そして今なお「また止まるのではないか」という心理的ハードルがエコシステム構築に影響を与えている事実は、Suiにとっても決して他人事ではありません。
Solanaの前例:停止の常態化から安定化への軌跡
比較対象として最も参照価値が高い事例はSolanaです。過去の解説記事でも触れましたが、Solanaは「トランザクションの高速性」と「低コスト」を極限まで追求した設計思想が、初期段階においてそのまま弱点として現れました。
過去の主な停止事例:
- 2021年9月:Grape ProtocolのIDO時にボットによるアクセスが殺到し、毎秒30万トランザクションを超える負荷がバリデータのメモリを圧迫。ネットワークが約17時間停止しました。
- 2022年:ダウンタイムがほぼ毎月のように発生した最悪の時期です。1月、4月、5月、6月、9月と立て続けに停止し、スパム対策や優先フィー(Priority Fees)、ローカルフィーマーケットといった輻輳(ふくそう)制御機能の欠如が根本的な課題として浮き彫りになりました。
- 2023年2月25日:バリデータが異常に大きなブロックをブロードキャストしたことで、Turbine(データ転送プロトコル)の重複排除ロジックが圧迫され、丸1日に近い深刻な停止を記録しました。
- 2024年2月6日:プログラム実行系におけるバグ(無限ループ)の発生により、メインネットが約5時間停止しました。なお、このバグ自体は停止の1週間前に発見されていたものの、パッチの適用が間に合っていなかったことが指摘されています。
しかし、2024年2月を最後に、Solanaは重大な停止を経験していません。2025年中頃の時点で「16ヶ月連続で主要な停止ゼロ」という記録を達成しており、QUICの導入、ステーク加重QoS(Quality of Service)、ローカルフィーマーケットの整備といった継続的な改善が実を結んでいます。
Solanaにとって2022年は「成長痛の極限」であり、その後の安定化はアーキテクチャの根本的な見直しによって獲得されたものです。 重要なのは、SuiがこのSolanaの経験から十分な教訓を得ているかどうかという点にあります。
Suiの停止パターン:何が違い、何が同じか
SuiとSolanaのネットワーク停止を比較すると、その原因には明確な構造的違いが存在します。
Solanaの初期における停止の多くは、「外部要因(スパムやボットによる大量アクセス)」に対する耐性不足が原因でした。一方、Suiが経験した3回の停止はいずれも内部的なソフトウェアバグが直接的な原因となっています。
- 2024年11月:バリデータのクラッシュループ(内部ロジックのエラー)
- 2026年1月:コンセンサスおよびチェックポイントの不整合
- 2026年5月:ガス課金ロジックのバグによるバリデータクラッシュ
これはある意味で、エコシステムの「成熟度の問題」と捉えることができます。外部からのスパム耐性はプロトコルの基本設計に関わる問題ですが、内部的なソフトウェアバグはコードのテストおよびデプロイプロセスの精度の問題です。特に今回の2026年5月の停止は、新規アップデート(v1.72)の適用がトリガーとなっており、本番環境への適用管理とステージングテストのさらなる拡充が明確な課題として突きつけられています。
一方で、両者には「セーフホルト(Safety-First)設計」という共通点もあります。SuiもSolanaも、ネットワーク停止時にユーザー資産のデータが消失したケースは一度もありません。これは技術的に高く評価されるべき点です。双方のチェーンともに「Safety(安全性)」を最優先に担保し、異常時には「Liveness(活性)」を一時的に犠牲にするというトレードオフを明示的に選択した設計であると解釈できます。ただし前述の通り、「資産が消失しないこと」と「資産を自由に動かせること」はユーザー体験として別問題である点には留意が必要です。
「高速L1」が抱えるリスク構造の整理
ここで少し抽象度を上げて、ブロックチェーンの設計思想について整理します。
BitcoinやEthereumが原則として停止しない理由は、パフォーマンス(処理速度)よりもセキュリティと分散性を最優先に置いた設計を採用しているからです。Bitcoinは約10分ごとのブロック生成タイムを持ち、Ethereumは数万人規模のバリデータによる巨大なコンセンサスセットを維持しています。これらは「速さ」を意図的に制限することで得られた圧倒的な安定性です。
対照的に、SuiやSolanaが目指す「高スループット・低レイテンシ」は、コンセンサスプロセスの簡素化や実行環境の並列化を前提として成立しています。Suiが採用する「オブジェクト中心設計」と並列実行の仕組みは理論上極めて優れていますが、N > 3f + 1 のような厳密なバリデータ間協調において、特定の組み合わせやエッジケース(例外的な条件)が発生した際に、バリデータが予期せぬ挙動を起こしやすいリスク構造も内包しています。
プルーフ・オブ・ステーク(PoS)ベースのL1チェーンにおいて、ステークの集中度やバリデータ運営の品質はネットワーク全体の信頼性に直結します。Suiは現在、Mysten Labsが開発およびエコシステム運営の中核を主導しており、バリデータの完全な独立性や多様性という観点においては、いまだ発展途上の段階にあると言えます。
総合評価:Suiは「失敗」か「成長過程」か
結論として、Suiの現時点における停止パターンは、かつてSolanaが2022〜2023年に経験したような「成長痛(エコシステム成熟への過渡期)」の段階にあると見るのが妥当です。
ただし、以下の要素については明確に厳しい評価を下す必要があります:
- 2026年に入りすでに2回目という頻度:1月と5月の短いスパンでの発生は容認しがたく、対応の遅れが懸念されます。
- アップデート起因のバグ:新バージョン(v1.72)の適用がトリガーとなった点から、本番デプロイ前のデバッグおよび検証プロセスに不備があったことは否定できません。
- ポストモーテム(事後検証報告)の重要性:1月の停止時には迅速かつ詳細な報告書が公開されました。今回も同様の透明性をもって、再発防止策が具体的に提示されるかどうかが評価の分かれ目となります。
一方で、以下のポジティブな側面も維持されています:
- 資産損失ゼロの継続(Safetyの堅牢性が証明されている点)
- 復旧時間が5〜6時間以内と、比較的迅速に対処されている点
- Mysten Labsのコア技術チームが、問題発生から迅速にパッチを特定・配布できる高い開発力を有している点
Solanaが2024年以降に安定稼働を確立したように、Suiもまた、適切な修正と設計の洗練を積み重ねることで、長期的な信頼性を獲得できる可能性は十分にあります。鍵となるのは、その改善スピードと、信頼が完全に失われる前にエコシステムを維持できるかという点です。
投資およびエコシステム参加への示唆
Suiエコシステムに資産を置いているユーザー、およびDeFiプロトコルを利用している運用者への示唆をまとめます。
「ネットワーク停止中も資産自体は安全である」という点はSuiの設計の強みです。しかし、停止中はあらゆるトランザクションが処理されないため、価格急変動時におけるデリバティブポジションの管理、ステーキングの解除、流動性の引き出しなどは完全に不可能です。特にレバレッジを用いたポジションを構築している運用者は、この仕様を織り込んだリスク管理が求められます。
SUIのトークン価格は、今回の停止報道を受けて一時約8%下落しました。1月の停止時は市場への影響が軽微でしたが、今回は市場全体の地合いの弱さも重なり、負の反応が見られました。停止が繰り返されることで、市場に「停止リスク」という心理的割引(ディスカウント)が定着するリスクには警戒が必要です。
資産性の高い長期保有アセットを運用するチェーンを選定する上で、稼働率(アップタイム)は最も重要な指標の一つです。Suiが「頻繁に停止するチェーン」という負のイメージを払拭できるかどうかは、今後1〜2年間の運用の安定性に懸念なくコミットできるかにかかっています。
まとめ
2026年5月28日に発生したSuiメインネットの停止は、v1.72のガス課金ロジックのバグによるバリデータクラッシュが原因であり、約5〜6時間で復旧しました。ユーザー資産への直接的な悪影響はなく、修正パッチの適用によって正常化しています。
L1ブロックチェーンの歴史を振り返れば、SolanaやAptosなど、高い処理能力を掲げて登場した多くの新興チェーンがその成長初期において同様のトラブルを経験しています。重要なのは、トラブルからどのような教訓を得て、コードや運用プロセスにフィードバックできるかです。しかしながら、「成長過程だから」という理由ですべてが許容されるわけではなく、安定稼働できないL1は、最終的に機関投資家やコアな流動性の保管場所として選ばれなくなるという厳しい現実を直視し、今後のポストモーテムおよび再発防止策を注視していく必要があります。
公式情報リンク
| リソース | URL |
|---|---|
| Sui公式Xアカウント(停止告知元) | https://x.com/SuiNetwork |
| Sui公式ステータスページ | https://status.sui.io |
| Sui公式ドキュメント | https://docs.sui.io |
| Mysten Labs公式サイト | https://mystenlabs.com |
| SuiScan(ブロックエクスプローラー) | https://suiscan.xyz |
| CoinPost報道(2026年5月29日) | https://coinpost.jp/?p=712249 |
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